LOGIN洗練されている中にも東南アジアを感じさせる応接間といったところだろうか。
全体的には茶系でまとめられている。
ウッディなローテーブルは真ん中がガラス張りになっていて、3脚ある椅子は
背中部分から扇形に手を置けるところまで繋げられており、重厚な作りになって いる。しかも、片側には少し離して別色で革張りオフホワイトの3人掛けほどの
椅子があるのだ。すぐ後ろの壁の色が……明るめの緑とは、ちょっと引いた。
どこかのタワーが描かれている絵まで掛けられている。
驚いた。
こんなりっぱな応接間セット、どんな客があるというのだろう。
寝に帰るだけの住宅ではないのか? なんていう思いが湧いた。ともあれ、応接間はそれなりに調和のとれた美しい部屋だった。
会社の借り上げ物件なので、たまたま良い部屋が当たったのかもしれない。
そしてひとたびプライベートルームに目を向けると…… 夫の部屋の至る所に、その証拠と思われる残骸が残されていた。風呂場の蓋を取って排水溝を覗いたら、長い髪の毛が何本も。
昨夜かその前か直近で風呂だかシャワーだか使ってシャンプーしたであろう
女の髪の毛がわんさか。その残骸が残っていた。
だらしない女性なのだろう。 自分の洗い終えた後の、シャンプーして頭部から抜けた残骸の処理もしないで いられるのだから。自分の家じゃないんだよ?
恋人きどりだか愛人きどりだか知らないけどさぁ、他所様《よそさま》の家だろうに。髪の毛を見つけた後、洗面台の下を開けて、見た。
夫が無造作に隠したであろう、女の歯ブラシとコップとブラシがあった。
そして生理用品とスキンまであったさ。 どういうこと? まったくぅ、頭きた。 夫が会社に行っててよかったよ。 いたら、ぜったい過呼吸起こしながら絶叫してたわ。 私はそれらを画像に撮った。 いろいろと証拠にできそうなものは画像に撮った。 今は頭が沸騰して、上手く働かない。 なので、こちらにいる間にできることをと動いた。 来なくていいと言う夫の言葉に感じた違和感。不安に思っていたことは、現実のものとなって私の前に現れた。
ある、とある芸人が綺麗な女優と結婚していたことがあった。 東京と大阪……別々に暮らしていてそんな中、妻の女優が今度そっちに しばらく行こうかな、と連絡したら──来なくていいと、そのとある芸人は答えたという。
フタを開けてみたら、はいぃ~ とある芸人、別腹の女いましたぁ~って いうのを週刊誌で読んだことがあった。私……今、その女優さんと同じじゃない。はははははっ。
いやっ、比べたら申し訳ないよね、私全然美人じゃないし。
私の滞在中、夫は仕事で日中いなかったため、なんとか動揺を隠せたと思う。 わたしが帰る日、夫がほっとしているのが分かって更に落ち込んだけどね。いわずもがなだけど、勿論3日間いて夫は私を求めてはこなかった。
ホントによく分かる……分かり易い人だね、あなた。
◇ ◇ ◇ ◇ 結局3日間過ごして、私は帰国した。帰りの飛行機の中、夫にもう少しで会えるのだと嬉しさで目を輝かせ
外の景色に見入っていた数日前の私はどこにもいなかった。 静かに目を伏せ、シートに座っている私がいただけだ。「お前が原因だったんだなぁ、参った。 やってくれたな! 果歩は居なくなっちまったよ。 娘連れて家を出て行った。 あんまり突然のことで原因がわからなくてずっと悩んでたってのにぃ、お・ま・えが原因だったとはな」 続きを話そうとした俺の言葉を遮り、嬉し気に仲間が話を引き取った。「奥さん、私の話なんて信じないって言ってたのにぃ。 そっかぁ~、家出しちゃってたんだぁ。 やっぱり私に虚勢はってただけなんだ、ハハッ」「どうして果歩にそんな話をしたんだ? 話す必要なんかなかっただろう? 」「だって私たちが仲良くしてたの知っててもあなたの側から離れようとしないから、何かムカついちゃって」「お前、頭大丈夫? だいじょうぶですか? 仲良くって、その理由はちゃんちゃらおかしいぞ。 俺たちが別れた後に言いに行ってるじゃないか。 俺に対する腹いせを妻に向けるなんて最低なヤツだなお前」 俺はこんなに自己中で性格の悪い女に夢中になってたっていうのか。 仲間のあまりの言いように最低なヤツだなと言ったあと、言葉が続かなかった。 ……と、急に妻のことが気になりこのまま仲間との無為なだけの遣り取りをする時間も惜しくなり、サインをして適当な金を渡した。 果歩を探しに行かないと……と思った。 そう思ったけど、俺は行動に移さなかった。 だって今まで出来る限りのことはやりつくしていたから。 ジタバタしてもおいそれとは見付かるまい。 落ち着けぇ~、そしてやるべきことを遂行しろ! ◇ ◇ ◇ ◇ 俺は言った。「最低なヤツだけど、俺の子供が出できたんだから……しようがないなっ。 果歩も出てっていなくなったし結婚しよか、俺たち! 」「えぇーっ、ほんとに? 」* 単純な仲間は、俺と結婚できることに泣いて喜んだ。 俺と結婚できるのなら、婚約者とはすぐに婚約破棄するとも言った。 破棄するとどんだけお金が飛ぶのやら俺には関係ねぇ。 黙って見てるだけだな!
「なんだよ、今頃妊娠って。婚約者の子じゃないのか? 」「たっちゃんとはHしてないしぃ~。 結婚する前に子供ができたら困るからって、してないんだよ」「ほんとか? 信じられないなぁ~。 ……なのに俺と? 俺とあれだけ、あんなことやこんなことしてたお前が? 嘘付け! 大人をそう簡単に騙せると思ったら大間違いだぞ」*「あーあ、そうですか、そうですか。 じゃあ、生むしかないね。いいですよ、いぃ~いですよ産んでやろうじゃないの。 DNA鑑定して店長からは何も毟り取れそうじゃないから、ご両親に話して慰謝料やら養育費やら責任とってもらいましょうね。 婚約破棄されると思うから、こっちのほうの倍賞もしていただきますよ? 」 ブンスカ怒って彼女は踵を返そうとした。 ほんとにほんとなのか? 騙されている可能性のほうが高いと思いつつも、万が一を考えると恐ろしくて黙って帰すわけにもいかなかった。 取り敢えずサイン押印して金は後日振り込むということにした。 疲れた…… どうしようもなく疲れた。 そんな俺に仲間は次の矢を放ってきた。 それは疲れた疲れたと呟いている次元の内容ではなかった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 突然やって来た私に驚いてはいるものの店長の最初の言動から奥さんから何か言われてたりする素振りが一切見えない。 私の言動に本当に今初めて聞いて驚いたっていう反応だ。 ……てことはぁ? 奥さんは私の妊娠のこと話してなかった? もしかして、それどころか私と会ったことさえ話してない? どうなっちゃってんの……って思った。「店長、奥さんお元気ですか? 」 「何でここで妻の話題なんだ? まさか妻に言うとかって脅すんじゃあないだろうな! そんなことしてみろっ、お前の婚約者にも話すぞ! 」「脅すってぇ~、脅すって……そんな怖い言い方しなくてもぉ。 あれっ? じゃあもしかして私、脅したことになるの? えーっ、やだぁーっ! 」「……? 」「実はぁ、私、1ヶ月ほど前に奥さんに会いに行ったんだぁ。 あのぉ、何も聞いてないんですか? 」「まさか、オマエ……」「脅してませんよ、脅してなんか……いませんから。 ただ、私は妊娠してるってことを聞いてもらいたかっただけだから」 ほんとは金をせびっちゃっ
今更何で? 不信に思う俺をよそに、馴れ馴れしく親しげに──訝しむ俺に頓着することなく仲間が話しかけてきた。 俺は相手がどうこうではなく、誰であれこのような態度をとる行為が大嫌いだ。 ほらっ、あれだ。 神経逆撫でするっていう行為。 今、仲間がしていることはそういうことだ。 普通あれだけの喧嘩別れしといて、わずか2ヶ月もしないうちに別れた相手に会いにくるか? しかも俺にバッサリと切られているのに。 もしかして刺しに来たとか? 俺は仲間の手元や動作に注視して、何か彼女が悪意の行動を起こさないか身構えた。『死んでたまるかよこんな女のせいで』 そんな緊迫している俺をよそに仲間が話し出した。「ごきげんよう、店長。 お店なんとかもってるんですね。 あたしもう潰れてしまってたと思ってたから、よかったぁ~」 何が潰れてしまってたら……だ。 お前のせいであれからてんてこ舞いだったんだぞ。 「はいはい、ンでお嬢さん今日は一体どんなご用件? 」 「サイン貰いに来たんだぁ~」 「サイン? 分かるように話せよ! 」 このタァ~こっ。「店長の子ができちゃったんだよねぇ~。 友紀困っちゃう~」 ゲッ! 何を言い出すかといえば、このタコ女、ものすごいこと言い出しましたよ。やめろぉ~そんな恐ろしいこと。「あははっ、マジ笑えるぅ。 何なんですか、固まっちゃって。 怖いですか、私のこと? っていうか子供のこと。 大丈夫ですってばぁ、責任とって父親になれなんて言いませんからぁン。 たぁだぁ~、堕ろすのに店長のサインと印鑑いるんで、会いに来たんですぅ。 こんなこと堕ろすの手遅れになって婚約者にバレタら大変ですよ? 店長も慰謝料取られますよ。 そう考えたら病院の手術代で済むなら安いもんですってば! ね? 」 軽ぅ~いノリで話す目の前のタコ女、殺してもいいだろうか? 思わずそれほどの憎しみが芽生えた。クソっ!
仕事のことは自業自得だった。 それでなくてもゼロからのスタートで、いや果歩の金を使っての スタートだったからマイナスからのスタートだな。 なのに最初少しばかり上手くいったからっていい気になって どんどん仕事に向き合わなくなり── 仲間との楽な時間に逃げ込んで、果歩にも現場を……おそらく見られて いたと思う。 俺はそんな風に浮気の現場を見られたり、最低でクズなことばかり してた。 出て行ったのはどうして今頃なんだ? ってそればっかり考え思いつめた けど、店を出店してからのことを冷静に振り返ってみたら、こんな状況果歩 でなくたって逃げ出すだろうよって思えるようになった。 皮肉だな、果歩。 お前が出て行く前に仲間とは別れてたっていうのに。 だからやっぱりどうして今なんだ、今出て行かなきゃならなかったんだって いう気持ちがいつまでもループして俺を悩ませてるんだぜ。 最初はもしかしたら事故かもとも考えたけど警察の方に何も情報が 入ってないとなると逃げられた可能性が高い。 情けなすぎる。 しかしそれにしても果歩の唯一のお宝の金は俺の店に 全部投入してたんだ。 金をほとんど持って出ていないのに、しかも碧まで連れて出ていけるのか? おかしいよな。 本当に果歩の意志で家を出て行ったのか、はたまた事故にでもあったのか……。 2人が家からいなくなった日から── ああでもない、こうでもない、一体どういうことなんだと同じことを毎日ぐるぐる 考える日々が続いている。 男子学生も3月の半ばで辞め──仲間はというと、彼女が突然結婚を仄めかしてきたことで俺は公私共にバッサリと 切った。 そしてそのあと、店は俺ひとりで切り盛りすることになった。 ほんとっ、笑うしかないなっ。 店でもひとり、家でもひとり……ボッチかよぉ~なさけねぇ~。 ほんとは違反だけど、仮眠とる間は、時々深夜過ぎに店を閉める時間が ある。 バレたら大問題だな、きっと。 しようがないだろ、寝なきゃ死んじまうって。 早く人手をどうにかしないとな。 それとも店が潰れるほうが早いかっ! 果歩が家から居なくなってひと月が経った頃…… そして何とか学生のバイトを入れることが出来た頃…… 仲間がひょっこり俺の前に
結局私は記憶喪失の身元不明の女っていう設定のお墨付きを、Getできた。 奇跡だと思う。 警察の人や医師、看護師さんたちから、粘り強く身元は捜すので気を落さないようにと励まされた。 申し訳ないけれど『ありがとうございまぁ~す。私は元気です、とても』っていう心境で、嬉しさを隠すのに大変だったかもかも。 とにかく私は逃げ切ったのだ。 そしてこれからのことをどうするかってなった時──溝口さんが、小さいお子さんもいることだし住まいが確保できるまで身元引受人になると申し出てくれた。そして、住まいまで提供してくれたのだ。 私さえよければって……。 渡りに船。 願ったり叶ったりだった。 溝口さんのお宅はマンションなんだけどメゾネットになっていて階別に2部屋ずつあってそのうちの1部屋を私たちに提供してくれることになった。 貸していただいた部屋は広めで隣のもう1部屋は浴室になっている。 2階にもトイレがあるので助かるぅ~。 さてっと、これからどうしようかな。 ◇ ◇ ◇ ◇ 俺の妻、果歩が消えた、消えてしまった。 しかもまだ小さな碧と共に。 まだ狐につままれたような気分だ。 どうして? 何故だ? という気持ちが拭えない。 海外単身赴任中の浮気の時も、その時の女を日本に呼び寄せて会ってるのを知った時も……そして仲間友紀との浮気を知った時も果歩は出て行きはしなかった。 それなのに何故今頃? 一縷の望みをかけて心配で義母に連絡をとった。 だが帰ってきた返事は、意に反するものだった。 来てない、居ないと言われたのだ。 俺は、予想外の返事に焦った。 「夫婦喧嘩でもしたの? 」 義母から聞かれた。 してなかったというのは嘘になるけど、どうなんだろうこの場合。 俺は返事に詰まった。 そのことで義母は肯定と受け取ったようだ。 参る。 「いえ、夫婦喧嘩は……」していませんと俺が言おうとしたが最後まで言わせてもらえず、義母は畳み掛けるように言ってきた。「だとしてもおかしいわね。 それならうちに来そうなものなのに。 小さな子を連れてるからうちじゃなく他所に泊まったっていうのは考えられないし。 どうしたのかしら」*「すみません、俺心当たりをもう少し探してみます」 そう言って何か言いか
いや駄目だわ、そんなの。 自分の気持ちがしんどいからって彼を共犯者にしようなんて、私ったら。 ここで最後の最後まで記憶を失くしたってことにすると決めたのなら、自分ひとりでこの問題を抱えていかなきゃ。 彼を罪人《つみびと》にはできない。 目の前に飛び出して散々驚かせて、警察にも取り調べられるような目に遭わせた上に、実は私が本当は記憶なんて失くしてないのに、自分の都合で記憶失くしたことにしてることを知らせて──その上周りには内緒にしておいて下さいなんて、医師や警察官へ嘘を付かせることになるようなこと──駄目駄目っ、果歩、駄目だよ。 よしっ、ばれたらしようがないじゃないの、一旦家に帰ればいい。 奇跡的にこのまま身元がばれなければ、娘とふたり生きていけるように対策をたてて、なんとか切り抜けよう。 私は気持ちを固めた。 気持ちが揺れている間、なんか……ずっといやぁ~な気持ちだった。 けれど迷いがふっきれたからか、今は気持ちが落ち着いてきたのが分かる。 ◇ ◇ ◇ ◇── 溝口さんの家に初めてお邪魔した日 ──「お邪魔します」「遠慮しないで! ささっ、碧ちゃんと果歩さん疲れたでしょ? こちらへどうぞ。 何か飲み物いれますね。 あっ、果歩さん碧ちゃんにはりんごジュースにしましょうか? 僕、結構ジュース系に拘りがあって果汁100%のものしか、買わないんですよ。小さい子にちょうどいいでしょ? 」「すみません、運転してたから私なんかよりずっと溝口さんのほうがお疲れでしょうに。ありがとうございます。それと碧にまで。 でもすごいですね。 果汁100%だなんて、子供を持つ母親から絶賛信頼度高くなりますよ? 健康に気をつけられてるんですね? 」「ええ、そりゃうもう……なんて言ったら少し引かれそうですけど、正直その通りなんです。すごく気をつけてます。 ここ数年のうちに学生時代の友人、会社の上司、同僚と驚くぐらい次から次へと難しい病気で亡くなってましてね。 自ずと自分の身体に気を遣うようになりました」 ◇ ◇ ◇ ◇ 溝口さんにコーヒーを淹れてもらってほっとさせてもらった。 碧は出してもらったりんごジュースで ごきげんだ。 溝口さんが『碧ちゃんの玩具になるものがないか